とある男女の会話

「こんばんは」

 琥珀色の灯りの中に差し出された手首には、Lagom Watches らしい、洗練されたフォルムの時計が巻き付いていた。

「いつも思うんですけれど、Lagom Watchesの腕時計いくつ持ってるんですか?」

 毎回毎回、会うたびに違う色とデザインを身に付けている男の名は、深山武(みやま たけし)。妻子持ちの商社マンだ。

 筋肉質で長身の男が白い歯を見せる。

 カウンターのスツールに長い肢を持て余しているかのように優雅な動きで腰かけた。

 薄手のVネックのシャツにスラックスというラフな格好だが、整った顔立ちのせいか、どこかハイクラス的な空気を纏っている。

「好きなんだよね、コレ」

「いいお値段しますよね?」

「べらぼう高いってわけじゃない。普段からつけやすくて服の種類を選ばない品の良いデザインだろ?」

「深山さんが付けていると、超高級時計に見えます」

 苦み走るその顔が困ったような表情を浮かべている。

「もしかして、呆れてるのかな?」

 その通りだったが、そうだとも言えない。

 目の前に運ばれてきた薄水色のカクテルに手を伸ばした。

 甘ったるい味の中に潜んでいた度の強いアルコールが喉を火照らせていく。

「私は、一つあればいい派かな」

「もしさ、Lagom Watchesの腕時計をプレゼントしたら、付けてくれる?」

 予期していなかった流れだ。

「私達、付き合ってましたっけ?」

「あれ? 違った? その気になってたのは俺だけ?」

「とっかえひっかえじゃない」

「それは、腕時計」

「そうかなぁ~」

 わざと不満タラタラな声で言ってみる。

「そろそろ、休戦しないかな」

 この男との出会いは、いつだっただろうか。

 10年前、そう、このBARで。

 あの時は、腕時計になんて興味なかったのに。

「ごめん、ちょっと夢中になり過ぎてた。時計如きに――って笑うかもだけど」

「あら、そう? じゃあ、奥様にもそう言って差し上げたら?」

 もう、結婚になんて興味ない。

「うん、わかってる……本当にごめん」

 しょぼくれたような声で頭を深々と下げている。

 イイ男なのに、だいぶ残念な男。

 妻子持ちだけれど。

 バーテンダーが年代物のウイスキーで満たされたショットグラスを男の前に置いた。

 チラッと見ると、パチンとウインクで返される。

 そろそろ、許してあげなさいよ。

 いいじゃない、腕時計くらい可愛いもんよ。

 浮気したわけじゃないんだから。

「まぁ、おそろいっていうのもありかもね」

 それを聞いて、嬉々とした表情に変わっている。

「いくつかピックアップしてあるんだ」

「なーんだ、まだ、買ってなかったの」

「選んで欲しかったんだ……そういうのって、夫婦だからできることだろ?」

 そーだね、私達、夫婦だもんね。

「じゃあ、結婚記念日に」

 私は、カクテルグラスに残っている液体を一気に飲み干した。 

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ときめくような香り

トントン……トン……トン……。

水道の蛇口から零れ落ちた水滴がテンレス製の流しを打つ。

 

「あ~あ、なんだかなぁ……」

代わり映えしない日常に飽きていた。

 

子供達も手のかからない年頃だ。

週末というのに、我が家には他にだれもいない。

 

何か、胸がときめくような、普段とは違うことがやってみたい。

 

ピンポーン。

配達だった。

 

厳重に包装された箱の中から商品を取り出す。

シンプルだけれどお洒落なボトルデザイン。

オーガニックを売りにしたイタリアブランドのシャワージェル。

 

「贅沢かも……だけど……たまには、いいよね」

お母さんやってても女を捨てたわけじゃないもの。

 

蓋を開けた瞬間に、上質な甘さと高揚感を得られるような華やいだ香りが広がっていく。

「あっ、そうだ!」

 

ちょっとした閃きだった。

「よし、お風呂でちょっと(文章を)練りますか!」

 

その夜、ブログを立ち上げた。

シャワージェルの至福の魔法に酔いしれながら物語を綴る。

だれかの目にとまるように祈りを込めて。



 

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